2011年09月22日

歌うことって

 夏の甲子園は高校野球。風物詩となっているが、初めは自分の地元高を応援、負けてしまうと次に隣や近県高校の応援。この高校が負けてくるとだんだん遠くになる。野球の本場、関西同士の決勝戦となると縁遠くなるというか、他人事というか、他の面白テレビのチャンネルに替えてしまう。
 気に食わないのは校歌である。やたらに難しい言葉で飾り立てたお仕着せの歌がどこの高校も共通だ。たまにはあっと驚く校歌に巡りあってみたいものだ。沖縄蛇み線での校歌は正に地方色豊かだ。ジャズ風、ブルース調、演歌調もいいねぇ。民謡調もどうか。“それいけ、どんといけ、よいよい・・・”。校長先生や教頭先生もただ酒喰らって猥歌も歌うだろう。ただ、大勢が一つの歌を心をひとつにして一生懸命歌うとどんな歌でも人の心をゆさぶり感動させるものです。
 カラオケが嫌いなのは下手でも上手でも感動しないからだ。上手だと歌手志望の時代もあったのだろうか、売れないので歌手にならなかったのだろうかとか下衆の勘繰りもしたりする。「十八番を歌え歌え。」と一人が勧めると、他の一人から「あれしかない。いつもあれだ。」などと聞こえてくると途中でやめたくなる。やたら英語で歌う人、軍歌を歌って一人で涙ぐむ人が。カッコ悪い人多いね、カラオケは。 

片品村だより

 7月28日夜半、片品村はゲリラ豪雨に襲撃された。
 崖崩れで当社の運営する水道と温泉管が流された。全村が水びたしで断水・停電・道路の通行止めなど数日後まで続きました。宿泊業では、お客様全員を夜半2階に避難させたペンションもあった。
 その当日からの対応が大変でした。温泉はともかく飲み水は宿泊業にとって死活問題ですから、タンクローリーで宿泊業のサービスバックへ運び込まれることになった。折れた水道本管から泥が入り水道が詰まってしまう家、川を渡っている本管も切断される等々応急措置も間に合わず頭を約100回下げた。それでも断水を防ぎ営業を続けたのでひと安心。1週間位たってようやく応急措置の効き目もあり少し安心したが、これから本格的復旧工事で出費がかさむことを思うと頭が痛い。
 10年、15年振りのゲリラ豪雨で対策も心構えも忘れた結果のあたふた大騒ぎの一幕であった。

2011年08月25日

ショーバイ、小売、商売

 その友人は中国長春市在住、国営旅行会社の副社長。20年来の友人です。
 最近5年ほど長男が日本に留学。下宿やビザのことで多少こちらも時間を使ったぐらいなので苦にならずと思っていたが、今年の春卒業と同時に息子は私に無断で帰国してしまった。挨拶もなしに、借りていた部屋も未処理のままで。
 保証人の私へ例の原状回復費用が不足するから払えとの通知があった。息子からはメールで、全部きちんと済ましてあるのに後からお金を請求されても困るとの返事。つまり賃貸借契約書の中味を理解していないのでは。仕方なく親父に連絡し、彼は電話で平身低頭。とにかく全部払うからと私に処理のお願い。そして事が済んだ。息子は5年間の留学にもかかわらず日本語の契約書の翻訳も出来ない「体たらく」で、息子のレベルを知った親父はこぼすこぼす。
 日本語学校・日本の大学と5年も在留しているのに、日本語能力も低く日本の企業にも就職できず、中国に帰国後うろうろしているという。つまり、パラサイトシングル(独身寄生虫)。加えて母親が息子にメロメロで、自分の車を自由にさせ、息子の結婚のために一千万円(日本円で)ぐらいのマンションを買い与えたと。中国の一人っ子政策が裏目にでたタイプです。
 私は伝えた。この息子は生根を叩き直さないとロクなものにはならないから少しだけ金を渡し3年位家に寄り付かせるなと。旅に出るなり、自分で仕事を見つけるなり、ともかく落ち着いて両親に威張れるようになったら帰ってこいと。
 その後どうしたかなあ。

2011年07月09日

古新聞

我が家のつづらの底に敷いてあった新聞紙は昭和36年のものだった。多分母親が引越しの時にでも使用してしそのままになっていたのだろう。昭和36年9月29日版だった記事はスポーツ面のみ1枚の裏面のみ、当時の世相もわかる。中日権藤打たれる?延長10回、阪神藤本サヨナラ安打、この藤本は歌手島倉千代子の元亭主。この中日阪神戦の解説を読むと懐かしい名前がどんどんでてくる。阪神はスピードのない板東から藤本 並木が本塁打 小山のゆるいカーブを権藤が打ち、江夏が四球 森の遊ゴロくずれで一点 9回ソロムコが四球となれば住時の中日阪神の主力選手のオンパレードの懐かしさです。板東は現在テレビで活躍中のタレント稼業として活躍ですが浮き沈みも激しく生き抜いている。一方、巨人・大洋戦の先発メンバーの主力は広岡、高林、王、長嶋、ピッチャー藤田とくる。大洋は後家人打法の近藤和彦、スラッカー4番の桑田です。金光がつづき、近藤昭人の名二塁手です。打撃ベストテンもセリーグは、長嶋、近藤和彦、井上、古葉、藤本、桑田と続きパリーグは田宮、張本、榎本、杉山、山内、豊田、広瀬の順、張本は毎週日曜日の朝テレビでおなじみになっている。ああなつかしや。球団会社も今と比べると懐かしい。時代の流れもわかります。当時は鉄道会社と映画会社が主な球団オーナーでした。ざっと今の球団経営会社の前身は、セリーグの国鉄球団はヤクルトスワローズ、大洋は横浜ベイスターズ。パリーグは南海ホークスが福岡ソフトバンク 東映フライヤーズ当時時代劇を多く制作していた映画の東映だが現在は北海道日本ハムファイターズ、近鉄は阪急と合併しオリックスバッファーローズ、中西、豊田、稲尾の西鉄ライオンズだったのが埼玉西武ライオンズ、大毎オリオンズは映画の大映と毎日新聞が一緒になった球団 これは現在、千葉ロッテマリーンズとなっています。映画会社鉄道会社から食品会社、金貸し、インターネットと時代の移り様も球団経営会社がよく現われています。一方裏面では若きデザイナー売出中のバリバリの森英恵がエッセイなど書きノーベル賞の湯川秀樹が人間復興という題字を毛筆で書き、核兵器の執念などが連載されていた。

原発対策と河野太郎

先の戦争中である昭和18年11月6日付の朝日新聞を誕生日のプレゼントとして頂いた。この日の記事は勇ましい。南太平洋、陸海空に大撃滅作戦、巡艦9隻撃沈破、ラバウルのブカ上空敵機250撃墜、と何とも嘘八百だと今だから言えるが・・・・・。これじゃあ日本は勝ってばかりでそれいけどんどん、中国、アジアでも破竹のいきおいでアメリカとも連戦連勝、阿呆な国民を騙し続けたのでした。政府マスコミ共々大嘘つきの結果蓋を開ければアジアで中国初め2,000万人を殺し、自国民300万人死に追いやり国敗れて山河ありの悲惨さ。この新聞をみて今回の政府と東京電力の発表になんだか似ているなあと思った。戦争と原発との違いは別として政府というものは時に依ってはいつの時代も国民に対して嘘をつくものだということ。ただちに身体に異常影響のない放射能レベルと安心だよと抜かしおっていた。それじゃただちに影響のあるレベルっていうといくつと聞くと答えられない。手品師がネタを見破られた時のような顔をした原子力保安委員長の西山ナニガシ。東京電力に娘を入社させたぐらいだから東京電力の具合の悪い発言をするはづもない。枝野官房長官も芸術的言い回してともかく安心と、しかし一皮むけば晴天の霹靂だ。いつも国民は騙され続けるのです。おとなりの中国の新聞や新華社通信の発表にも人民が天気予報とスポーツニュースだけはほんとのことと揶揄されているのも同じことやってるなあと。6月22日、国会会期延長に反対する自民党の中河野太郎他12名は党の意向に反対して賛成にまわった。拍手したい。今政争している場合ではないと国民の多くは望んでいるのに反対とはほとほとあきれている時、この勇気ある行動は大受け、河野太郎君アンタはエライ、よくやってくれたと応援するぞと及点数を挙げた。子供どうしの国会政治ごっこのレベルで税金も泥棒されては国民はたまったものではない。河野一郎、洋平と続く政治家の三代目、他の世襲議員も見習ったらどうか。賛成に12名とは情けないがこれも落ち目の三度笠の自民党の限界か。河野太郎の発言や行動には多くの透明度ありで、スッキリするのです。大体透明感のない人間の行動や言動はキレがないしだらしなくなるのです。同じ太郎でも辛子(からし)メンタイコを幸子(さちこ)メンタイコと読み違えたりその政治姿勢が国際的に恥かしい太郎とは大違いだ。しかし政治家となると正直一辺倒ではいけない。少しはズル賢さも必要、かけひき、ハッタリ、馬鹿な振り、なども必要。頭の良さを隠しきれないTBSのアナウンサーの久米ひろしもいたが、あまりキレ者と言われると総理大臣になれないのです。いい例が以前の安倍晋太郎、福田康雄、麻生太郎、こういう人達を権力者に置いておくと自民党の議員は絶対安心だと考えたのです。御輿は軽いほうが楽だとかの小沢一郎が海部俊樹のことを言ったとか言わないとか。総理大臣になるまでは能ある鷹は爪隠すがいいのだ。この点よしも悪くも石原慎太郎東京都知事を見習うがいい。何故人気があるのか。一定の保守系の富裕層と若い人の支持があるらしい。国会議員の弱い処を攻撃し大衆の阿呆さ加減をよく研究し迎合を最も得意とするし天才的に人を引きつける演説、ヒトラーよりうまいと言われている。今のように混乱時には生真面目に正しい知識を理路整然と強く明快な判断で大衆を覚醒させる知的な政治家は不利で落選してしまう危険性がある。社会大衆が政治に嫌気がさして国民のレベルが低く民主主義の未成熟な私も含めて勇気のない人民が多い日本での選挙民ならなおさらのこと。石原発言の北朝鮮を殲滅せよ、今回の大震災では天災だがバチが当ったと日本人には気づかされたと、又ババア発言など言えないことを言えると言うこと。ほんとうのことだが、誰も言えないことを言ってくれる人、特に嫌気がさしたり疲れている人間は理性より感情的なものが取り入りやすいので益々大衆を引きつけるのだと思います。
目立ちたがりやの慎ちゃんはオリンピックに又も立候補とのこと。今までさんざん誘致のためのお金は数百億円とも言われている。高級ホテル1泊百万円、好きな車を北欧まで運ばせそれに乗ってご満悦でその結果今回は落選、新銀行も破綻、毒ずくめの豊洲へ築地市場を移転、歴史に残る悪徳知事とならないよう祈るばかりだ。石原一族の栄華もいつまで続くか、5年10年?

気候の変化と東北大震災

去年の夏の暑さは異常であったことは記憶に残っていますが、あの夏以降気候の変化には極端な変化はないが暖冬の予想が以外に寒い冬で雪が多い場所と少ない場所が極端に分かれていました。群馬県利根地方は雪が少なく特別気候が下がったようでした。特に3月に入ってからの気温の下りようは異常で、寒い冬は雪が少ないとの定説通りであった。3月は石油の値上がりでスキー場にて暖房がおいつかずやむなく土日もリフト休業のスキー場も数ヶ所ありました。思い出せば昨年の秋、事務所の裏庭に植えたしいたけとなめこが逆の順序で収穫があった。例年ならしいたけが先に獲れて、なめこがあとから獲れるのに反対で、遅いしいたけは不作で大きく育たなかったのです。そしてこの大地震です。気候の変化が少なからず影響した結果との証明が出来るはずもないが、降れば必ず土砂降り、カラっと晴れては又すぐ土砂降りの亜熱帯気候に近づいているのは事実で地球温暖化は体感しているようです。5年前の新潟中越地震も、地震の前の6月に大雨が降った。一説によれば大量の雨の重さで長岡地方の地盤が水の重さに耐えきれず例の山越村などの震災による大災害となったとの見方もあります。目に見えない変化が気候の変化と共にじわりと植物、動物の変化などこれから徐々に現象として現われてくるのだろう。今回の東北大震災の3日後の14日に当社の事務所がある宮城県の現場に行きました。電話も通じず、連絡がとれないのでともかく現場へかけつけるしかないと考え帰りのガソリンを積んで午後に出発、夕方到着したが、途中福島県内はところどころ灯りが見えたが宮城県の県境になりガラリと風景が変化した。宮城県はともかく真っ暗闇、4号線の店舗は全て閉じて多くの民家の瓦屋根の最上部がブルーシートで覆われていた。地震のゆれで壊れたのだろう。夕方7時頃、現地事務所に着きましたが、電気、電話、上水道は全て通せず、飲み水はかろうじてポリタンクにて確保、食料も東京からの二食分の弁当やおにぎり持参、トイレは汲み置きの農業用の500ℓ入りのポリタンクからバケツに入れ直して手でザァーと便器へ流す。少し様子をみたあと事務所より一番近い場所に住む50歳代の女性社員の家を訪ねる。真っ暗の田んぼの畔道と辿りつくと家の中に母親と二人きりで炬燵に入りローソクを1本たてて二人でじっとローソクをながめていた。びっくりして私の方を見たあと私を確認すると、何もすることないからもうすぐ寝るのだと。ここ数日、事務所へ7kmを2時間歩いて通ったという。脱帽!!まだ寒い東京地方の寒さ、炬燵の暖房は何かと聞くと、飼育猫二匹とこういう利用の方法もあったのかと。その彼女は地震のゆれの後遺症で目まいが続きとうとう1週間ほど入院する羽目になった。当社管理の分譲地温泉配管も4ヶ所破損し電気止まっているので当然、温泉源からの汲み上げポンプも作動せず給湯中止のままであった。翌日、分譲地も見回り通勤用のガソリンと食料が必要は社員二人のため群馬事務所に保管してある食料と燃料を取りに引き返しました。途中、福島県内の国道4号線を走る福島ナンバーの運転する人はほとんどの人はマスクをつけていた。多分すでに地震から3回ー4回のうちに原発事故の放射線漏れに気づいていたのだろう。とって引き返しガソリン100ℓ食料積めるだけ積んで再び宮城に向かったのは又翌日の15日頃だったようだ。

政治、性事、世事

菅直人総理大臣は自民党政権時代、舌蜂鋭く国会で自民党を追求、この人はやれるなと思ったこともあったが、今では落ち目の三度笠。分党分派が多くあった時代の昭和50年代、新自由クラブや革新自由連合会などから多くの政治家が育った。菅直人も北多摩の選挙区から20代で立候補二度ほど落選し三度目に衆議院議員に当選したのを記憶している。市川房江おばあを筆頭に青島幸男、中山千夏などとともに菅直人とともにこの時議員になった人も多いが、総理大臣まで登りつめた菅はやはり政治家としての実力をそなえ努力もしたのだろう。一昨年政権交代にも重要な役割を果たし、期待された人だった。現在どうしてこうも不評なのか、具体的にあげつらうのは新聞やテレビにおまかせして、もともと他の政治信条、リーダーとしての資質など解りやすく説明してくれる評論家やテレビコメンテーターなどはいない。政治家になることだけを目標にしてなったら何をするか日本をどういう世の中にするかなどは何も考えていない、ただひたすら親の跡をついで国会議員になりおいしい生活を長く享受するこういう二世議員と同じレベルの人間なのだろうか。それとも政権をとり権力のおいしさにとりつかれて考えが変わったのだろうか。自民党の福田康夫や麻生太郎のように大学の学費支払いなど全く心配することもなく、貧乏の生活など垣間見ることもなく、エリート社員から親の跡を継いで政治家となった人達と同じだろうか。それほど権力は魅力で魔物だろうか。政権交代して多くの難問、不景気、それに加えて東北大震災、原発事故、並の人間ではとてもさばききれないにはわかっている。それにしても地元で菅直人を見つめ続けてきた者にとっては何とも寂しくふさぎこみたくなってしまうのだった。

2011年07月08日

中国不動産事情

昨年10月、広東省南海市に住む中国の友人が不動産仲介業を始めた。50歳近い年齢にて彼の不動産経歴が全くないのを知っている私は驚いたが、国情の違いもあるし、どんなもんかと今年の1月になって中国旅行の雲南省、菜の花畑の名所羅平と石林の見学の帰りに立ち寄った。事務所に入ってみると間口4m、奥行9m、奥にトイレ、机5卓、ソファー、パソコン1台のみ、昨年10月に開業なのに既に契約4件だと、彼は全くの素人で社員一人アルバイト二人を営業員と使いオール歩合とのことでした。この付近の分譲マンション団地は大体、1団地1,000戸ぐらいの規模のが多い。この事務所も大通りに面していてこの大団地の一部です。不動産の営業の許可証は今の処なし、そのうち取るんだと涼しい顔、全く不動産の知識なし、付近100m以内に約50件もの仲介業の事務所あり。他にもう一軒店を出したいとのこと。彼の隣の空テナントだったのが昨日から同業者入店にて内装工事の始まりでもあった。さてあらたな店舗をもう一軒出すための候補地に同行した。一ヶ所目は約1千戸から一千五百戸の大分譲団地ですでに半分ぐらい入店していて周囲に店舗も新規開店として増加中、建築中の現場も土音高らかに工事車の激しい出入りや工事関係者も出入り激しくこれからという処だった。別の二ヶ所目はすでに完成した分譲マンションで規模はやはり千戸ぐらいでセンターには飲食店、美容室、不動産仲介業者の店舗が揃っている。私は質問してみた。初め見た団地がどうして作業中のマンション団地のそばに仲介店舗を出すかを聞いてみた。答えはこうだ。南海市の分譲マンションの買手の50%は投資向きに売れて、それも個人よりこの地では外国資本、石油マネー、他市の商店連合会、無論中国の成金事業者などがこぞって10戸20戸と買うのだそうです。そして少しでも値上りするとすぐ売却益を得る為に売却するとのこと。そこで仲介業者の存在が必要となるのです。なるほどなるほど、日本とは大違いだ。大違いをあと二つほど。手数料は売手から2%のみ、それでもこの南海市の分譲マンションの価格は日本円で約100㎡で500万円~1,000万円ですから手数料は10万円~20万円です。物価水準は日本の約10分の1ですから日本での価値だと100万円~200万円の収入ですから悪くない収入です。取引も手付金などの習慣はなし全額一括払い鍵と共に明渡し法務局で取引です。間違いはない取引だが取引日の突然キャンセルなど当たり前。私の友人も不動産の取引、知識経験もなく開業ですからいい度胸だが他店の50店舗も同じようなものだそうです。それでも今年の3月に免許をとったとの報告がありました。野菜や食料品を売る感覚で始めてしまうのだ。前述の投資用に買う人が多いということは必ず値上がりすると言う市場の確認保証の客付けがあるからで、現実に日本の高度成長時のように右肩上がりがずっと続くと思われているからだ。いつかは日本のバブル崩壊後の長期低迷時代が来るかもしれないが・・・・・・・。ところが中国政府はあまりの不動産バブルが激しいので新しい法律を作り公告した。背景には貧団層がいつまでたっても住宅を持てなくなり社会不安が生じるおそれがあるから政府として手を打たざる得なくなったのです。その方法は不動産を2戸以上持ってはいけない。二つ以上買ってはいけない。投資用として買手に入れることができなくなってしまったのです。今まで二つ以上持っている人は、一つを残して全部売りなさい。そのかわり売却差に対する税金は一切免除するという大胆な制度です。日本のぬる菅総理大臣に聞かせやりたいぐらいだ。北京の友人は億ションを五つ持っていたがこの制度に引っかかった。売却した金はどうしたかまだ聞いていない。さて広東省の友人はどうしたか、政府の制度が出た途端取引、今年6月まで全く0件、やめようかどうか迷っていいるとのこと。多分付近の50軒の仲介業者も同じだろう。他の中国の友人から言わせると、このような事は中国では度々生じている。不動産業者にかかわらず、政府の発表する政策があれば地方では対策があるといわれているが、そのうちこの不動産仲介業の50軒も近いうちにあっと言う間に店が消えるだろうと。

2011年02月21日

役に立たない老人は早く死ねと言うのか

少子高齢化社会、それも急速です。多くの処でその影響が見られます。私の家両隣りとその先の一軒は私の家の合計四戸は全て金額の差は多少あれ年金を貰っている。このお金誰が稼いだ金だろうと考える。元気なのに働かないで年金を貰っていていいのだろうかとも。
人の命は尊いが果たして長生きさえすればよいものだろうか。PPC・・ピンピンコロリと行けばいいが、寝たきり、要介護などの老人はどうしたらいいのでしょうか。認知症になればストレスは溜まらないし、自殺する勇気など消えうせてしまっている。自分ではその自殺する勇気ぐらい残して認知症になるのが望ましいと思う。
小説、楢山節考にある姥捨山は貧しい村落の子孫を残すため喰いぶちを減らすため一定の年齢が来ると山奥に老人を捨てに行く物語だが、アメリカインディアンも同じく足手まといになる老人は一人自身で群れを離れ一人で死んでいく、他部族との戦いや移動が困難、食糧が貧しいなどの原因から部族を存続させる知恵だ。現代の人間社会は医学の発達で足手まといになった老人も生かし続ける。医者か稼ぐためではないだろうか。
人類だけだ、この様な老人扱いは。動物は人間以外は自然淘汰され弱いものから死んでいく。人間だけ老人は優遇されている、と考えるのは人権不尊重が問題か?
政府の本音は年々膨らむ高額な医療費に頭を痛めるので、老人は程ほどのところでさようならねとでも言いたそうだね、菅直人君。

大腸ポリープ摘出のセカンドオピニオン

昨年十月に大腸ポリープありと近所のかかりつけの医師から告げられ、三つのうち二つは日帰りの内視鏡により摘出した。残る一つは根が張り、内視鏡では取ることが困難と言われたのは紹介された北多摩ではそこそこ大きい病院でその道では腕がいいという医師だった。
最終のペット検査の結果、ガンではないらしいので、てっきりガンと予想していたこの医師は私に告げた。ガンと予想し手術の用意までしていた。内視鏡で取るのが一週間入院、もし取れない場合は腹切りでさらに二週間入院、どっちにするか私に決められるはずがない。私は即座にそんなこと私に決められるはずがない、先生決めてくれと・・・。医師は・・・。無言。
私はそれでは家族とも相談するから一週間後に結論を出すことにした。
妻に相談するとセカンドオピニオンを進め、検査の写真を持参して都内の内視鏡摘出専門の医師を訪ねた。
この写真を見るなりこの医師は言う。こんな程度の物が取れないのか、自信がないんだな。二泊三日で必ず取るからとのことなので、こちらを選び、その通り二泊三日で取れた。
但し、保険はきかないのでウン拾萬支払った。一週間二週間入院することを思えば高いとは思わなかった。
ここで問題点、やはり日本人にはセカンドオピニオンは情的にはきつい。当初の腕のいいと評判の医師は親切に説明してくれるし、人柄も正直そうだ。なかなか別の医師にかかるとは言いにくい、電話で受付の人に告げた。
もう一つは、後者の医院の保険が聞かない理由など到底聞く雰囲気などない。又それでも最高の薬を使った、完全に取り出したと自信満々。この病院は芸能人など有名人もよく利用するらしい。私が最後の日、角界の元大関の親方も待合室にいた。
最終報告。摘出したポリープは四段階のうちガンの一歩手前のもので、ほっとけば一年ぐらいで必ずガンになるとのこと。
たまたま支払が出来たが、金持ちと貧乏人との差はこういう処で出現するのだなあ、貧乏人は早く死んでしまうのかなあと思ってあえて退院の日、タクシーに乗らず地下鉄に乗って帰宅した。

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